UBS: Utah HCBFCによる腰部椎間板圧縮力と肩関節モーメントの推定ソフト
【1】概要
本ソフトHBSは、作業姿勢の腰部負担と上肢負担を簡単な2次元の生体力学モデルにより評価するためのソフトである。腰部負担は腰部椎間板圧縮力推定値、上肢負担は肩関節モーメント比で評価する。それぞれUtah大学のBloswickらによる。前者は文献[1]によるHCBCF v1.2モデル、後者は文献[2][3]による肩関節モーメントのモデルによる。
OWASやRULAなど観察法による評価法では、評価値が3~4段階にカテゴライズされている。もう少し細かい差を評価したいときには、生体力学モデルによる評価値を利用する。ただし生体力学モデルで身体負担評価を行うには、全身の体節(セグメント)のサイズ・質量・重心位置のデータと各関節の角度データなど、多数のデータを収集して専用のソフトで計算して求める必要がある。2次元の生体力学モデルのBlessProに設定項目が多いのはそのためである。
そこで、簡単な手計算で腰部椎間板圧縮力と肩関節モーメントを求めて利用できるようするため、生体力学モデルを極力単純化したのが本法である。本法は、以下の解説でわかるように、数個の実測した値があれば電卓でも簡単に計算できる。本ソフトでは、入力の支援や結果の可視化を行うことで、さらに利用しやすくしている。
【2】腰部椎間板圧縮力の推定
文献[1]のHCBCF (Hand-Calculation Back Compressive Force estimation model) v1.2によると、手に質量L[kg]の荷物を持った時の腰部椎間板圧縮力Fcは次式で求められる:
女性 Fc[kg]=0.0175×BW×HT×sinθ+0.152×L×HB+0.8×(BW/2+L)+20
男性 Fc[kg]=0.0167×BW×HT×sinθ+0.145×L×HB+0.8×(BW/2+L)+23
各変数は以下のとおりである。いずれも作業者本人からの聞き取りや平均作業者の値および巻き尺と体重計などによる実測で簡単に入手できる値である。
BW:体重[kg]
HT:身長[cm]
L:荷物質量[kg]
HB:腰部から手までの水平距離[cm]
θ:体幹前傾角(直立時が0度で、前傾すると10度, 20度, ・・・となる)
上記のFcに重力定数9.81[m/s2]を掛けることでkgをNの単位に換算する。
ここで求められるFcは、第5腰椎仙椎間(L5/S1)での推定値である。NIOSHによると、腰痛予防のためのFcの上限値は3400 Nとされ、これを超えると腰痛リスクが高くなるとして腰部負担評価に利用されている。
文献[1]によると、この式で得られる腰部椎間板圧縮力は、3次元の静的な生体力学解析ソフトとして広く利用されている3DSSPP(旧ミシガン大学。現在はVelocityEHS)による推定値と比較し、体幹ひねりが30度以下であれば、女性は寄与率r2が0.96、男性は0.97と十分に高い一致性が得られている。
本推定式の限界は以下のとおりである。
1)2次元の静的な力学モデルをもとに作成されている。加速度が入る速い動作の評価には利用できない。
2)荷物の保持あるいはそれと同等な方向に作用する力にのみ対応している。任意の方向にかかる操作力には対応していない。
3)本モデルでは、上肢の肢位は考慮されない。これは体幹部に比べて上肢の質量は小さくて生み出すモーメントも小さく、腰部椎間板圧縮力への影響は小さくて無視できるとしたためである。
【3】肩関節モーメントの推定
文献[2]および[3]によると、両手で質量L[kg]の荷物を持った時の片方の肩関節にかかるモーメントMtは次式で求められる:
Mt=0.0115×D×BW+0.5×D×L
各変数の値は以下のとおりである。
D: 肩関節から手までの水平距離[m]
BW: 体重[kg]
L: 荷物質量[kg]
上記はkg・mの単位なので、本ソフトでは重力定数g (=9.8あるいは9.81あるいは9.80665 [m/s2])を掛けたNmの単位の値で表示している。
文献[2]と[3]には、肩関節が発揮できる最大モーメントMcapの表がある。Mcapは、肘関節角Aと肩関節角Bにより値が変わるので、AとBの45度刻みの値が表に示されており、そこから所定の姿勢でのMcapを読み取って使用する。
評価は、作業での関節モーメントと最大モーメントとの比であるMt/Mcap×100を求めて利用する。モーメント比が50%以下なら頻度が高くなければ上肢負担として問題なし、100%以上なら多くの人にとって問題であると判断する。
文献[2]と[3]にあるMcapの値は、文献[4]のp.151のTable 6.2の肩関節の屈曲の式の計算値と一致する(文献[3]の表には1か所ミスあり。文献[2]はミスはない)。その式の係数をまとめると以下のようになる(文献[4]の式は同じ式に男女それぞれの補正係数Gをかけるようになっているが、ここでは男性を1として係数を計算しなおした式を示している):
男性:Mcap=64.6777+0.14936×A-0.0842×B
女性:Mcap=男性のMcap×0.52548
ここで、Aは肘関節角(単位は度。まっすぐに肘を伸ばした伸展位が180度、最大屈曲時が45度付近)、Bは肩関節屈曲角(単位は度。体幹と上腕のなす角度で、直立で下垂した状態が0度、屈曲すると10度, 20度となる)である。本ソフトでは、文献[2]の表は利用せず、上記の式の値を利用している。
上述の文献[2]および[3]のモーメントMtの推定式は、前半の0.0115×D×BWが腕の質量によるモーメント成分、後半の0.5×D×Lが荷物によるモーメントの成分となっている。ただし腕の質量によるモーメント成分については、文献[5]のp.41, Table 3.4などで片腕の質量が体重の5%であることをふまえると、0.0115の係数だと腕の重心が中点にあるとすると片腕の質量は体重の2.3%しかなくて小さすぎる(あるいは上腕の質量を無視し、手と前腕の合計質量分(片腕で体重の0.022)のみを考慮し、その重心位置が手と肩の中点にあると想定したのかもしれない)。そのため、本ソフトでは修正式として、文献[4]の腕の質量や重心位置のデータをふまえて0.0115を0.02217に修正した式を「修正式」として追加し、元文献[2]の方法を「原法」としていずれかを選べるようにしている。
本法を利用したワークシートとして、文献[5]では荷物質量によるモーメント成分0.5×D×Lの0.5が掛けられていない式が掲載されている。これは片手で荷物を保持する場面を想定していると思われる。両手・片手の別はよく間違えるので、本ソフトでは明示的に両手作業か片手作業かを指定して計算するようにした。
本法の限界は以下とおりである。
1)荷物の重心位置は手の中心と一致すると想定している。
2)求めているのは静的なモーメントなので、加速度が加わる速い動きでは精度が落ちる。
3)腕の質量によるモーメントの成分では、腕の重心位置が肩と手の中点(あるいは一定の比率の位置)にあると想定されている。肘が曲がると誤差が出る。たとえば上腕を下垂し、前腕部のみを前方に保持した肢位をとると、腕の正確な重心位置は肩と手の中点よりやや肩に近い位置になるので、やや大きめの値になる。
4)最大モーメントは屈曲モーメントの式なので、腕を伸展させる方向にモーメントを発揮しなければならない場合(手が肩よりも体に近い位置にある場合)は適用できない。本ソフトでは、この場合は肩から手までの水平距離を0 cmとしてモーメントが負にならないようにしている。
5)この最大モーメントは、年齢や体格による補正はされていない。本法が想定する平均的な体格は、文献[3]や[4]などをふまえると、男性では身長175 cm、体重80 kg, 女性で162 cm、体重70 kgあたりが想定されていると思われる。
【4】ソフトの使用法
ソフトを起動すると、腰部椎間板圧縮力推定と肩関節モーメント推定の2つのタブが表示される。それぞれ、所定の項目の値を入力すると推定値が計算され、そのグラフが表示される。
腰部椎間板圧縮力推定の腰部から荷物までの水平距離HBや体幹前傾角θ、肩関節モーメント推定の肩から荷物までの水平距離D、肘関節角A、肩屈曲角Bは、画面中央上の人型のイメージの手や肩の位置にある赤いマーカをドラッグして姿勢を作ると、それに応じた値が自動的に計算されて入力される。
・画面で入力したデータや計算結果は、画面右端中段の[レコード]の[保存]や[上書]でファイルに保存される。また[削除]で削除できる。 1つのファイルに保存できる最大のレコード数は1000件である。
・データの保存先のファイルは、画面の右端の「ファイル」の[新規]・[保存]で指定できる。[開く]を使うと、既存ファイルの読み込みができる。
・起動直後にファイルを指定しないと、ドキュメントフォルダの\Ergo4MFG\UBSフォルダ内のUBSdata.ubsというファイルにデータは仮保存される。のちに[ファイル]の「保存」から保存すべきファイル名を指定すると、そのファイルにデータは保存される。
・データは、1レコードが1画面のデータになるようにCSV形式で保存されているテキストファイルなので、そのままエクセル等で利用することが可能である。ただしファイル構造は、今後のバージョンアップで変わる可能性がある。
1.腰部椎間板圧縮力推定の入力項目
1)身長HT[cm]・体重BW[kg]:それぞれ対象者あるいは対象集団に応じて入力する。
2)荷物質量L[kg]:kgの単位で指定する。
3)腰部から荷物までの水平距離HB[cm]:腰の位置は本来L5/S1の位置とすべきであるが、股関節から少し上の腰骨付近を目安にして、荷物の重心位置までの水平距離を測る。本ソフトでは、荷物の重心位置と手の握りの中心は同じ位置にあると想定して姿勢を生成している。
(注意)本ソフトでは、腕がまっすぐ伸びるくらい遠い位置で荷物を保持しようとすると、手が届かないためにHBが指定通りの値にならないことがある。
4)体幹前傾角θ[度]鉛直方向に対して股関節と肩関節を結ぶ直線がなす角である。直立姿勢では0度、前傾がプラスである。後傾側は本法では対応していないので、直立から前傾した姿勢のみを評価対象とすること。
2.肩関節モーメント推定の入力項目
1)体重BW[kg]:対象者あるいは対象集団に応じて入力する。
2)荷物質量L[kg]:kgの単位で指定する。
3)肩から荷物までの水平距離D[cm]:おおむね肩関節の中心付近から荷物の重心位置までの水平距離を測る。本ソフトでは、荷物の重心位置と手の握りの中心は同じ位置にあると想定して姿勢を生成している。
(注意)本ソフトでは、腕がまっすぐ伸びるくらい遠い位置で荷物を保持しようとすると、手が届かないためにDが指定通りの値にならないことがある。
4)肘関節角[度]:前腕と上腕がなす角で、腕をまっすぐ伸ばした状態が180度で、肘を曲げると170度, 160度と小さくなる。
5)肩屈曲角[度]:上腕と体幹のなす角である。直立して腕を下垂した状態が0度で、前方に腕を上げると10度、20度と増えていく。
6)使用する手と計算法:両手で荷物を持つか、片手で持つかを指定する。また、計算法として、腕の質量によるモーメントの係数を補正した式を使うが、原法通りの係数を須塚を指定する。表示される肩関節モーメントや評価値は、いずれも片側の腕の値である。そのため使用する手が両手だと、荷物の質量によるモーメント成分は半分になる。
画面中央上の人の図の肩の位置と手の位置の赤い〇の部分をマウスでクリックしてドラッグすると、それぞれの位置が動き、それに応じた距離や角度が計算される。
3.評価方法
1)腰部椎間板圧縮力:3400[N]以下であれば、頻度が高くなったり時間が長くなったりしない場合はおおむね良好と判断する。3400[N]を超えると、腰痛リスクが高くなるので要改善と判断する。
2)肩関節モーメント比:モーメント比で50%以下なら、頻度が高くなったり時間が長くなったりしない場合はおおむね良好と判断する。100%を超えると多くの人にとってリスクがあるので至急改善と判断する。
【5】注意
1.本法の制限については前述したとおりである。荷物保持以外の押し引きなどの評価には利用できない。また反復動作や長時間作業を想定したものではない。健康に問題がある人(腰痛や肩の症状がある人など)や高齢の人への適用はできない。
2.体格補正や日本人向けの補正などはされていない。
3.より正確な計算値が必要な場合はBlessPro2を使用すること。
4.本ソフトはフリーソフトとして公開しているが、無断での複製や転載は不可である。
5.本ソフトは、使用者自身の責任において使用すること。作者は、本プログラムを使用したことによって生じたいかなる損害に対しても、それを補償する義務を負わない。
6.本ソフトは、現在も改良を進めている。予告なく仕様が変わる場合があることをご了承ください。
【6】作者および問い合わせ先
ものづくりのための人間工学, 人間工学評価ツール開発メンバー
URL https://ergo4mfg.com
上記URLの問い合わせページよりお願いします。
【7】文献
[1] Andrew S. Merryweather, Manndi C. Loertscher, Donald S. Bloswick, A revised back compressive force estimation model for ergonomic evaluation of lifting tasks, Work, Vol.34, pp.263-272, 2009, DOI 10.3233/WOR-2009-0924, IOS Press:この論文で簡易の腰部椎間板圧縮力推定モデルであるHCBCFのv.1.2が紹介されている。HCBCF modelの初出であるv.1.0は、文献[2]および[3]でBloswickらが肩関節モデルとともに紹介している。
[2] Kohn, J.P., Bloswich, D.S., Ergonomic task analysis and risk assessment (Chapter 9), in “Ergonomics Process Management: A Blueprint for Quality and Compliance” by James P. Kohn, CRC Press, pp.189-212, 1998: HCBCF modelの初出のv.1.0と文献[3]の肩関節モーメントモデルの初出の文献。
[3] Bloswick, D.S., Villnave, T.: Ergonomics (Chapter 54), In R.E.Harris (ed.), Patty’s Industrial Hygiene and Toxicology (5th ed.), Vol.4, pp.2531-2638. New York: John Wiley and Sons., 2000:70年にわたって改訂・刊行されている衛生工学の教科書の第5版の第4巻の第54章に、Bloswickが人間工学全体を解説する中の一部として腰部椎間板圧縮力推定モデルと肩モーメントモデルを解説している。内容は文献[2]と大きく変わらない。Patty’s Industrial Hygiene and Toxicologyは現在は第7版になっているが、Bloswickのこの章は第6版以降はなくなっている様子。論文入手時には注意すること。
[4] Chaffin D.B., et al., 0ccupational Biomechanics, 4th edition, Wiley InterScience, 2006
[5] Changalur, S.N., Rogers, S.H. Bernard, T.E., “Kodak’s Ergonomic Design for People at Work”, 2nd, John Wiley & Sons, Inc., 2004.