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MHC: ISO 11228-1による荷物運搬の許容限界計算ソフト

【1】概要

 本ソフトMHLは、ISO 11228-1:2021(以下、単にISO)[1]に規定されていている手での荷物の運搬 (Carry)の作業限界を求めるためのソフトである。運搬の評価は、Liberty Mutualの式[2]によるMHLにも組み込まれているが、本ソフトの運搬は、同じISOの持ち上げ・下げ (Lifting/Lowering) に基づいて構築されているため、一貫性をもって評価を行うことができる。
 本ソフトで可能なことは以下のとおりである。
1)質量3kg以上の荷物を1m以上の水平距離、手で持って繰り返し運ぶ作業において、作業条件に応じた荷物質量の上限値を求めることができる。
2)荷物質量と荷物総数を指定すると、指定した作業時間以内に所定の作業条件で作業を安全に完了できる作業者人数と運搬頻度を求めることができる。

(注意)
 本ソフトは、文献[1]および[2]などを基に作者が個人的に作成したものである。ISOあるいは日本規格協会から何らかの公式な評価や認定を受けたものではない。

【2】ISO 11228-1:2021の運搬における推奨上限を求める手続き

 このISOでは、運搬のリスクアセスメントの手続きを荷物持ち上げ・下げとともにステップ1~5の5段階で進めことが示されている。運搬に関しては、累積質量を作業条件の乗数で補正してアセスメントする手続きがステップ5に詳述されている。それが以下の1と2の手順である。ただし、ステップ5の前提としてステップ1~4の内容も満たす必要がある。そのため、3以降の手続きを合わせてソフトに組み込んでいる。

1)本ISOでは、運搬の作業限界は、所定の作業時間で運搬した荷物の総量である参照累積質量Mcumref(reference cumulative mass)[kg]で示されている。たとえば4時間作業だと4000[kg]、8時間作業だと6000[kg]がMcumrefの限界と定められている(ISO 11228:2021, p.10, Table 5)。
2)累積質量Mcumrefは、作業条件によって低下する。本ISOではその条件として、(1)両手/片手、(2)運搬時の手の垂直位置、(3)運搬距離、(4)タスクのリスク要因の4つを考慮するようになっており、それぞれ最良の条件が1、そうでない条件で1より小さい値になる乗数に変換し、それをMcumに乗じた値が作業条件による補正をした実際の累積質量RMcumになる(各条件の乗数への変換法は、ISO 11228:2021, Annex H, Table H.1~3を参照)。この累積質量Mcumrefの補正は次式の通りで、まずMcumに両手/片手の乗数OMをかけ、残りの3つの乗数(手位置乗数VM、距離乗数HM, タスクリスク乗数TRM)についてはそのなかで低い乗数2つのみをMcumrefにかける(ISO 11228:2021, p.52, Annex H, H.2):
RMcum=Mcumref×OM×{VM, HM, TRMのうちの最小のもの}×{VM, HM, TRMのうちの2番目に最小のもの}
3)実累積質量RMcumを荷物総数で割ると、荷物1個あたりの推奨質量上限RML(Recommended Mass Limit)が求められる(ただし荷物総数は、作業時間中に中止することなく同じ頻度で運搬すると仮定して、反復頻度F[回/分]×作業時間LD[分]で求められるとする):
  RML[kg]=RMcum/(F×LD)
 ここで、求めたRMLが対象作業者の参照質量Mref[kg]を越える場合は、RML=Mrefとする(ISO 11228:2021, Annex H, H3の例題の説明およびAnnex AとB参照)。
4)本法が適用できる運搬速度は0.5~1.0[m/s]である(ISO 11228-1:2021, p.1, 1 Scope)。そのため、以下の手順で、運搬速度が1.0[m/s]=60[m/分]を越えないように反復頻度Fを制限する。なお、運搬距離H×2となっているのは、本ISOの運搬が、荷物を運搬したあとに続けて同じ距離を手ぶらで戻ることを前提にしているためである(ISO 11228-1:2021, p9, 4.2.3.2)。
  運搬速度[m/分]=運搬距離H[m]×2×反復頻度F[回/分]<=60[m/分]
 したがって、反復頻度Fは以下のように制限される。
  反復頻度F[回/分]<=30/運搬距離H[m]
 なお、ソフトの表示では、平均移動速度[m/分]は運搬距離H[m]×反復頻度F[回/分]より求めている。そのため、表示上の最大速度は30[m/分]である。

(注)本ISOで推奨質量上限をRMLと表記するのは荷物持ち上げ・下げの場合のみで、運搬にはそのような記載はない。しかし、ISOのAnnex H, H3の運搬の例題には1個当たりの荷物の質量がMrefを満たす必要があるとの記載がある(ISO 11228-1:2021, p.54)。実作業の荷物質量と比較するのにも便利なため、本ソフトではRMcum等から求めた荷物1個の質量を便宜上RMLと表記している。なお、Liberty-Mutualの式では、RMLではなくMAL (Maximum Acceptable Load)と称している。

【3】使用法

1.荷物の質量上限RMLの計算
 各条件を指定するとRMLが計算される。HMLとほぼ同様な機能である。
・各条件の値のスピンボタンを上下すると、直ちにその条件のRMLが求められる。指定可能な条件の範囲も逐次更新される。
・画面左下には横軸を反復頻度F[回/分]、縦軸をRML[kg]にしたグラフが表示される。グラフ内をクリック・ドラッグすると、その位置の反復頻度のRMLの値が直ちに再計算・表示される。グラフは、RMLがおおむね3 kg~Mrefの範囲で、かつ平均運搬速度が30[m/分]を越えない範囲のみ表示される。
・画面下右のテキストボックスには、計算条件と計算結果が出力されている。下左のグラフのデータも出力されている(反復頻度Fは0.1[回/分]以下は0.1[回/分]刻み、それ以上は0.5[回/分]刻みで求められている。Fの最小値は常に1/480[回/分]である。
・結果の保存機能はないので、画面下右のテキストボックスの値をコピーして利用すること。

 各条件の指定は以下のとおりである。
1)両手/片手O:運搬を両手で行うか、片手で行うか指定する。
2)手の高さV[m]:運搬中の手の握りの床からの高さを指定する。
3)運搬距離H[m]:運搬の始点から終点への水平距離を指定する。範囲は1-20[m]に制限されている。
4)作業時間D:1分間あるいは1~8時間のいずれかを指定する。
5)タスクのリスク要因TR:6個あるタスクのリスク要因で該当するものにチェックを入れる。チェックした個数がリスク要因数TRに表示される。ただし乗数TRMには最大2個までが考慮される(2個以上チェックしても乗数TRMは変わらない)。
6)反復頻度F[回/分]:1分間あたりの運搬の繰り返し回数で指定する。最小値は1/480[回/分]で、これは1日8時間の労働時間内で1回(8時間×60分=480分)の意味である。最大値は15[回/分]である。ただしいずれもRMLが3~Mrefの範囲で運搬速度が30[m/分}の範囲に入るようにより狭い範囲が指定されている。

2.複数人での荷物運搬の作業限界の計算
 同じ質量の荷物が多数ある場合、それを1と同じ条件を満たして所定の作業時間内に安全に運びきるのに必要な作業人数(最大10名)と反復頻度を求める方法である。
 ここでは、荷物質量LdをRMLとし、運搬総質量(=Ld×NLd)は実累積質量RMcum以下、作業時間と平均運搬速度の上限(60[m/分]=1.0[m/s], 表示上は片道計算なので30[m/分])以下になるように作業人数と反復頻度を求めている。具体的手続きは以下のとおりである:
1)運搬総質量が実累積質量RMcumよりも高い場合は、それが可能なように人数Npを増やす。作業時間が長いと累積質量は増えるので、作業時間が短い場合はこれを延ばすと人数を増やさなくてすむ場合もあるが、ここは作業時間は変更せずに作業人数変更でのみ対応する。
2)1の処理後に1人あたりの荷物数を求め、それを指定された作業時間をすべてかけて最もゆっくり行う場合のRMLを求める。これが荷物質量Ldより低い場合は、再度作業人数Npを増やす。
3)上記2の処理で求められた作業人数Npで、RMLが荷物質量Ldと一致する反復回数を求める。
4)作業人数Npは最大10名に制限している。また、荷物質量Ldが参照質量Mref以上の場合は、人数を増やしても安全に運ぶことができないので、荷物質量は常にLd<Mrefの範囲で指定してください。

(補足)荷物質量Ldが高いと、反復頻度Fを下げてRMLがLd以上になるようにするが、頻度を下げると所定の作業時間で所定の数の荷物を運搬しきれなくなる。その場合は作業人数を増やすしかない。荷物が軽い場合、荷物をまとめると反復回数が少なくなるので移動速度の制限にはかかりにくくなる。ただし1回あたりの荷物質量は増えるので、反復頻度を下げることになり、結果的にそれほど人数を減らす効果はない。

【4】注意

1.本ISOの制限事項はそれなりに多いので、使用時には文献[1]を必ず参照すること。
2.本ソフトの質量上限や作業条件は、文献[1]のISOの値をそのまま参照している使用している。日本人向けの値の補正は行っていない。
3.重量物の取り扱いに関しては、国内は「職場における腰痛予防対策指針」で男性の手作業での荷重は体重の40%まで(女性は男性の60%まで)とすることが示されている。本ソフトで適切に対象集団と年齢層を指定して適切な参照質量Mrefが選択されと、多くの場合は国内指針もクリアできるようである。ただし体格によっては当てはまらない場合もあり得るので、実務においては国内指針の限界値を優先して採用すること。
4.本ISOの運搬の累積質量Mcumでは、男女とも同じ値を使うようになっている。同様な運搬の式であるLiberty Mutualの式では、男女別の数値が用意されており、男性に比べて女性の許容限界はほぼ半分になっている。ISOの運搬の部分はフランス規格NF X35-109:2011にほぼ従っており、NF X35-109ではEU指令に従って男女あわせた集団だけを示している。そのため、ISO 11228-1同様、男女の集団への対応はそれに応じた参照質量を選ぶことで対応するようにしたと思われる。ちなみにNF X35-109:2011の例題では、同じ累積質量を用いて参照質量を15 kg(NF X35-109での許容限界質量)と25 kg(NF X35-109での条件により許容される限界質量)との両方で検討した例が記載されている。それを見る限り、参照質量に応じて累積質量を変えることはしないようである。
5.フランス規格NF X35-109:2011では、作業環境(温熱、照明、床条件、時間制約、空間制約)に応じた補正乗数も用意されている。
6.本ソフトはフリーソフトとして公開しているが、無断での複製や転載は不可である。
7.本ソフトは、使用者自身の責任において使用すること。作者は、本プログラムを使用したことによって生じたいかなる損害に対しても、それを補償する義務を負わない。
8.本ソフトは、現在も改良を進めている。予告なく仕様が変わる場合があることをご了承ください。

【5】作者および問い合わせ先

 ものづくりのための人間工学, 人間工学評価ツール開発メンバー
  URL https://ergo4mfg.com
  上記URLの問い合わせページよりお願いします。

【6】文献

[1] ISO 2021, ISO 11228-1:2021 Ergonomics – Manual handling – Part 1: Lifting, lowering and carrying.
[2] ISO/DIS 11228-1:2019 英和対訳版 Ergonomics – Manual handling Part 1: Lifting, lowering and carrying, 人間工学-手作業による取扱い-第1部:持ち上げ,持ち下げ及び運搬, 2019, 日本規格協会, 2020:[3]のdraftの対訳版。
[3] Jim R. Potvin, Vincent M. Ciriello, Stover H. Snook, Wayne S. Maynard and George E. Brogmus, “The Liberty Mutual manual materials handling (LM-MMH) equations”, Ergonomics, 64, 8, pp.955-970,2021, DOI: 10.1080/00140139.2021.1891297
[4] AFNOR, NF X35-109, Ergonomie – Manutention manuelle de charges pour soulever, de’placer et pousser/tirer, AFNOR, Paris, 2011