BlessPro2: 姿勢評価のための2次元生体力学解析ソフト
【1】概要
本ソフトBlessPro2は、作業姿勢の身体負担を2次元の生体力学モデルにより評価するためのソフトである。旧バージョンのBless/BlessPro (1997-2002) [1]をもとに、機能の整理と追加を行い、かつWindows 10以降に対応させたバージョンである。
トルク計算の手続きは、一般的な2次元の剛体リンクモデルの静的なトルク計算法による。腰部椎間板圧縮力の計算は、文献[2]に基づいている。
本ソフトには以下の機能が含まれる。
1)各関節にかかるトルク(モーメント)から、体のどこに無理がかかるかを検討できる。
2)腰部椎間板圧縮力(第5腰椎と第1仙椎の間の椎間板にかかる力)から、腰痛の危険性を検討できる。
3)重量物の保持や押し引きの操作力による負担の影響を姿勢との関係をみながら検討できる。
4)性別・年齢・体格(身長・体重)をふまえた作業姿勢の負担を評価できる。
5)重心位置や最大静止摩擦係数から、転倒やスリップの危険性を評価できる。
【2】データのファイルへの保存・読み出し
・画面で入力した関節角などのデータは、画面右端中段の[レコード]の[保存]や[上書]でファイルに保存される。また[削除]で削除できる。
・データの保存先のファイルは、メイン画面の右の「ファイル」の[新規]・[保存]で指定できる。[開く]を使うと、既存ファイルの読み込みができる。
・起動直後にファイルを指定しないと、ドキュメントフォルダの\Ergo4MFG\BlessPro2フォルダ内のBPdata.bp2というファイルにデータは仮保存される。のちに[ファイル]の「保存」から保存すべきファイル名を指定すると、そのファイルにデータは保存される。
・データは、1レコードが1画面のデータになるようにCSV形式で保存されているテキストファイルなので、そのままエクセル等で利用することが可能である。ただしファイル構造は、今後のバージョンアップで変わる可能性がある。
【3】入力項目
入力した値は、[レコード]の[保存]や[上書]でファイルに保存される。[保存]は追加保存、[上書]は既存レコードの修正上書き保存である。
1つのファイルに保存できる最大のレコード数は1000件である。
1.性別・年齢・身長・体重
・それぞれ対象者あるいは対象集団に応じて入力する。
・[体格推定]を利用すると、指定した性別・年齢・パーセンタイルに応じた身長と体重が設定される(推定式は「2017年体力・運動能力調査データ」(年齢18~79歳)より作成)。
・[身長とリンク]で[体重]にチェックを入れると、身長を変えた場合に同じBMIで体重を変更することができる。[手位置]にチェックを入れると、身長を変えても同じ手位置の姿勢が自動生成される。
2.接地位置:両足・座位・片足のいずれかを指定する。座位にすると、常に大腿のどこかが座面で保持されていると想定し、膝関節と足関節にトルクはかからないとする。片足とした場合、片足のみで立っていると想定して、股関節・膝関節・足関節のトルクを評価する。この場合、もう片方の足は同じ下肢の関節角で床に触れずに空中で保持されているとしている。
3.使用する腕:両腕・片腕のいずれかを指定する。両腕の場合、手荷物の荷重や力は、両手に均等にかかると仮定する。片腕の場合は、片腕のみが手荷物の荷重や力を受けるとする。もう片方の腕は同じ関節角で空中に保持していて肘関節や肩関節のトルクはなしとみなされる(ただし、使用しない片腕の自重は体幹にはかかるとしている)。
4.身体の各関節角:画面左下の図を参照のこと。
1)体幹前傾角:鉛直方向に対して股関節と肩関節を結ぶ直線がなす角である。直立姿勢では0度、前傾がプラス、後傾はマイナスとする。
2)頸屈曲角:頸の体幹に対する屈曲角で、前屈がプラス、後屈がマイナス。
3)肘屈曲角:肩関節-肘関節-手関節のなす角度。腕をまっすぐ伸展したときが180度。
4)肩屈曲角:肩関節の屈曲角で、股関節-肩関節-肘関節のなす角度。直立姿勢で真下に下垂したときが0度、前に水平に保持したときが80度、真上に上げたときが180度で、下垂から後ろに伸展したときはマイナスの角度になる。
5)股関節角:肩関節-股関節-膝関節のなす角度。直立位で180度。
6)膝関節角:股関節-膝関節-足関節のなす角度。直立位で180度。
7)足関節角:膝関節-足関節-水平前方向のなす角度。直立位で90度。なお、45度以下(背屈45度以上)になると踵が浮き、135度以上(底屈45度以上)になると足先が浮く。
5.床の摩擦係数:0-1の範囲で指定する。普通の地面は0.5~0.7程度。
6.手荷物の質量や力と方向:質量や力はkgあるいはkgfの単位で指定する。方向は鉛直下方向が0度、前方向がプラス、後ろ方向がマイナスである。たとえば、手で荷物を保持するときは0度、ドアや台車を水平に後ろに引くときは+90度、前に押すときは-90度とする。
7.体に働く外力:荷物保持や手にかかる力以外の力を加えたい場合に指定する。最大5個まで指定できる。これは、作用部位・作用点・力の大きさ・方向をそれぞれ指定する。例えば背中に5kgの荷物を背負う場合だと、作用部位を上部体幹にして作用点を背負う荷物の重心位置(たとえば頸から下に20cm、後ろに10cmなら、長軸方向を-20cm、前後方向を-10cmとする)、力の大きさを5kg、方向を0度にする。作用点は作用部位の角度に応じて自動的に変更される(作用点は作用部位のローカル座標に固定されている)が、力の方向は作用部位の角度が変わっても一定のまま変化しない(ワールド座標になっている)。
8.受動トルク
・[使用]にチェックを入れると、各関節の屈曲・伸展した場合に生じる受動トルクが計算に加味される。多くの場合、受動トルクは最大可動域付近になると大きくなる。たとえば前傾姿勢をとると膝関節には時計回りにトルクが生じるが、膝関節がほぼまっすぐ伸びている(膝関節角180度付近)と、受動トルクでキャンセルされてトルク比は小さくなる。腰部や股関節については、深く曲げた場合に反時計回りの受動トルクが生じ、自重による時計回りのトルクがキャンセルされてトルク比は小さめになる(さらに深く曲げるとトルク比はゼロになる)。股関節や腰部に関しては、曲げすぎると逆に受動トルクが大きくなりすぎて再度トルク比が高くなる。
・受動トルクは、最大可動域付近になると過剰に大きくなりすぎることがある。それを防ぐため、関節トルクと受動トルクが逆方向に作用する場合は、最大関節トルク推定値の[上限(%)]を越えない範囲に制限できる(ただし、膝関節と足関節は関節トルクをちょうど打ち消すトルクまでが常に上限)。
・受動トルクが自重によるトルクをキャンセルしている場合、見かけはトルク比が小さくなるので筋力は不要になる。しかし、関節には身体を支えるトルクと受動トルクが両方の成分による力が作用するので、完全に楽になるわけではない。関節を痛めている人や高齢者は、受動トルクがかかる最大可動域付近を避けなければならないので、受動トルクによるトルク比低減は必ずしも良いこととは言えない。
【4】画像デジタイズによる角度計測
[画像デジタイズ]により、人の作業姿勢を撮影した静止画の関節位置をマニュアルで指定することで関節角を求めることができる。
1.画像ファイルは、jpg形式かbmp形式のファイルを指定する。
2.画像計測は、丸いマーカ(計測ポイント)を、頭頂、手、肘関節、肩関節、股関節、膝関節、足関節の位置に移動させることで行われる。マーカの上にマースが近づくと、画面上にマーカの座標とマーカ名が表示される。
3.人の向きは、通常は手が体の前にあるとみなした[自動判定]を利用する。手が体の前にない姿勢の場合は、[左側]や[右側]で指定する。
4.画像の向きと基本姿勢の向きが逆の場合は、[左右反転]を使ってマーカの配置の左右を反転させることができる。
5.画像が真横から撮影されていない場合、[補正アングル]で多少修正できる。正しく真横から撮影されていれば補正アングルは0度で補正はなしとみなされ、45度までの範囲で補正する。
6.計測ポイントがセットできたら、[決定]をクリックする。そうすると関節角がメイン画面にセットされて評価が行われる。
【5】姿勢の自動生成
・画面中央上の「姿勢自動生成」の欄で、[オフ]が選択されている場合、画面中央上の人の絵(スティックピクチャ)の手をドラッグすると、手位置に応じて肩関節角と肘関節角が変化する。肩関節の付近をドラッグすると、体幹前傾角が変化する。股関節付近をドラッグすると、膝関節と足関節角が変化する。
・「姿勢自動生成」の欄が[前屈]の場合は、手位置をドラッグすると手位置に応じた前傾姿勢が自動生成される。
・「姿勢自動生成」の欄が[中腰]の場合は、手位置をドラッグすると手位置に応じた中腰姿勢が自動生成される。
・[重心]をクリックすると、ZMPの床投影点(足の下の小さな△)の位置が足関節の前方おおむね5~15cmの範囲に収まるように姿勢を調整する。
・[直立クリア]を押すと、関節角が直立姿勢になるようにリセットされる。
【6】基本的な使用法
関節トルクや腰部椎間板圧縮力などの評価値は、作業条件に関する姿勢や荷重等の値をセットすると自動的に再計算され、その姿勢での評価値がグラフ表示される。
作業条件の改善による効果を検討したい場合は、各設定値を、その横にある小さな上下の矢印ボタンをマウスでクリックするかマウスホイールで変更し、評価値の増減を確認する。姿勢の自動生成も併用するとよい。
身長の影響については、[身長とリンク]の[手位置]および[姿勢自動生成]の[前屈]か[中腰]にチェックを入れておき、身長を増減させると検討できる。
【7】評価方法
関節トルク比などの評価値のグラフは、負担が軽くて安全だと緑、負担がややあると黄、負担が高いと赤で表示するようにしている。
1.関節トルク
・本ソフトでは、荷物や自重により各関節にかかるトルクを計算し、それを最大トルク(各関節が発揮できる最大のトルクの文献推定値)と比較することで評価する。評価法はトルク比、受容率、保持可能時間の3種類がある。
・トルク比は、最大トルクに対するトルクの%値である。本ソフトでは、15%以下あるいは25%以下なら負担は軽い(緑)、25~50%ならやや負担あり(黄色)、50%以上は不可が高い(赤)と判定・表示している。
・受容率は、そのトルク比を何パーセントの人が耐えられるかを示した値で、最大トルクが正規分布すると仮定して、文献上の平均値と標準偏差から下側累積確率を求めて受容率として表示している。トルク比が50%以下だとほぼ受容率は100%近く、トルク比が100%だと受容率は50%になる。通常、受容率は95%より高いことが望ましい。
・保持可能時間は、そのトルク比で何分間その姿勢が保持できるかを推定した値である。本ソフトでは、最大でも17分程度に制限している。
2.腰部椎間板圧縮力
腰部椎間板圧縮力は3400N(約350kgf)という限界値がよく利用され、これを超える高い値になると椎間板が壊れて腰痛を発症するリスクが高くなるとされている[2]。性別・年齢・体重を考慮したい場合は、Genaidyの限界値の推定式を利用する[8]。
いずれの限界値の場合も、グラフのバーの色が限界値を超えない場合は緑、超えると赤になって改善が必要なことを示す。
3.姿勢の不安定性
姿勢の安定性は、重心位置、ゼロモーメントポイントZMP、必要最大静止摩擦係数RCOFで検討する。
重心位置は、体と取り扱い物の重心より計算された値で、これが足の下にないと転倒する。操作力の方向も加味したのがZMPで、これは人型の絵の足の下の小さな△で示されている。これが足の下にないと転倒する。
RCOFは、水平の押し引き力がある場合に利用する。一般に床と靴との間の最大静止摩擦係数は、濡れて滑りやすい場合で0.2程度、乾いていて非常に滑りにくい粗造な床の場合で0.9程度、普通の移動に差し支えない程度の床で0.5~0.7程度とされている。RCOFが0.9を超えている場合は、足止めを特に工夫しない限り滑ると判定する。RCOFが0.2以下の場合は滑ることなく作業できると判断する。
【8】注意
1.本ソフトは、動きがなくかつ体のひねりのない場合の評価ソフトである。反復の回数や保持時間の影響は考慮されていない。腰部椎間板圧縮力についても、健康に問題がある人や高齢の人への適用はできない。
2.関節トルクは、欧米人労働者による推定式(文献[2]のP.151, Table 6.2)を、いくつかの文献([5], [6], [7]など)を参考に日本人向けに補正したものを用いている。年齢・体格補正については、文献[6]のデータを参考にしている。いずれも細部については当てはまらない可能性は残っている。
3.本ソフトの体格パラメータ(セグメント長など)は、(社)人間生活工学研究センターが所有する日本人の人体計測データベースより作者が求めた値を使用している[3]。その他の部分については、文献[2]などで一般に利用されている学術資料を参考にしている。
4.本ソフトはフリーソフトとして公開しているが、無断での複製や転載は不可である。
5.本ソフトは、使用者自身の責任において使用すること。作者は、本プログラムを使用したことによって生じたいかなる損害に対しても、それを補償する義務を負わない。
6.本ソフトは、現在も改良を進めている。予告なく仕様が変わる場合があることをご了承ください。
【9】作者および問い合わせ先
ものづくりのための人間工学, 人間工学評価ツール開発メンバー
URL https://ergo4mfg.com
上記URLの問い合わせページよりお願いします。
【10】文献
[1] 瀬尾ほか, 腰部負担軽減のための作業改善支援ソフト,労働科学, 74, 9, pp.337-345, 1998.
[2] Chaffin DB, et al., 0ccupational Biomechanics, 4th edition, Wiley InterScience, 2006
[3] 瀬尾ほか, 日本人の体格推定式とそれによる筋骨格系負担の推定, 産業衛生学雑誌, 41 巻Special号, C313, 1999
[4] Seo A., et al., Estimation of trunk muscle parameters for a biomechanical model by age, height and weight, Journal of Occupational Health 45, pp.197-201, 2003.
[5] 文部省体育局, 平成8年度 体力・運動能力調査報告書, 平成9年10月。背筋力が体力測定として測定された最後の年。
[6]人間生活工学研究センター, 平成10年度即効的知的基盤整備委託調査研究「人間の動作等に係る動的特性の計測評価」(関節特性計測)調査報告書, 平成12年3月
[7] 製品評価技術基盤機構, NITE 人間特性データブック(関節発揮トルク). 2009.
[8] Genaidy AM, et al., Spinal compression tolerance limits for the design of manual material handling operations in the workplace, Ergonomics, 36, 4, pp.415-434, 1993.
<補足> 旧バージョンのBlessProとの相違点
(変更点)
・ファイル互換性はない。
・人の絵の力の矢印の向きを、体にかかる力のベクトル方向に変えた(旧BlessProでは人が発揮する力の方向にしていた。たとえば、荷物保持時は上向きの矢印を表示していたが、新ソフトでは下向きの矢印を表示するようにした)。
・「関節まわりのモーメント」は、単に「関節トルク」と呼び方を変更した。
・「パラメータ間の連動」は、イメージのIKで対応することにした。
・「姿勢の重心補正」は計算法を変更した。旧版では股関節高さを一定にして補正できる姿勢を生成していた。新版では膝関節は一定で足関節を中心に体を回転して重心補正をしてそのあとに体幹全計画・肩関節角・肘関節角を調整して手位置を一定に保つようにした。
・複数の操作力に対応した。「荷物」も操作力に含まれるが、表示上は荷物は絵が出るので残した。
・性別と年齢から、パーセンタイルの身長と体重を求める機能を追加した。
・トルクの年齢・体格による補正式を変更した。
・保持可能時間の式を次式に変更した:T(min)=17.6×exp(-0.051* %MVC)
・受動トルクを使用可能にした。受動トルクのパラメータは基本的に文献[6]の値を用いた。
(廃止した機能)
・セグメント長の年齢補正式は廃止:固定値で困らないため
・テンプレートは廃止(IKが付いたため)。体格パーセンタイルは別途拡張した。
・荷物の位置を、L5/S1からの水平距離・床面からの高さで表示する方法は廃止。手位置の表示として、足関節からの水平距離と床からの高さで表示する方式にした。
・「第2接地点」は廃止:複数外力機能で対応できるため
・椎間板圧縮力の判定のJagerの式は廃止:3400NとGenaidyの式で十分なため
・「立位・座位」の「座位」と「背もたれ」は廃止:接地点(旧第1接地点)に座位含めたため(座位では足関節と膝関節の計算値を表示しないだけだったし、背もたれは使用しないため)。
・腹腔内圧は、影響が小さいので計算に含めるのをやめた。
・背筋力から脊柱起立筋筋力限界値を求める方法は廃止:使用しないため
・脊柱起立筋筋力のグラフ表示は廃止:使用しないため。
・「力の向き」を「荷物保持・押す・引く」で誘導する表示は廃止(力の方位設定自体はできるので、表示しないだけで影響はない)。
・保存データの名称を「パラメータ」から「レコード」に変更した。パラメータの水平バーでの選択機能は廃止。
・デジタイズでの動画ファイル対応は廃止。動画は他のキャプチャシステムがあるから。
・頸部関節C7/T1の圧縮力表示機能は廃止:使用しないため。
・結果表示で、身体上部の重心位置など細かい計算過程の出力を廃止した。