ACGIH_Lifting_doc

ACGIHのLifting TLV (荷物持ち上げの許容閾値)の概要

【1】概要

 本法は、ACGIH(American Conference of Governmental Industrial Hygienists, 米国産業衛生専門家会議)が開発した荷物持ち上げ作業による腰痛予防のための荷物質量の許容閾値(TLV, Threshold Limit Value)の設定法である [1] [2]。本法は、NIOSHのLifting equation(以下、NLE) [3]を乗数の計算を省略してより簡便に利用できるよう表の形にまとめ、さらに値をACGIHで独自に検討・調整したものである。作業時間と反復回数および持ち上げの始点と終点の位置等をエリアで指定するだけで、その作業条件での荷物の質量閾値をTLVとして求めることができる。
 本法は1日8時間までの両手での荷物持ち上げ作業を対象とする。

【2】使用方法

1)作業時間と反復回数の指定
 本法では、1日あたりの作業時間と反復回数に応じた以下の3つのTLVの表が用意されている。作業時間と反復回数から、いずれかの表を選ぶ。表は元文献である[1]または[2](あるいはソフトAETの図の値)を参照のこと。
(1)低負荷の表:作業時間が2時間以下かつ反復回数が1時間あたり60回以下、または、作業時間が2時間超かつ反復回数が1時間あたり12回以下
(2)中負荷の表:作業時間が2時間超かつ反復回数が1時間あたり30回以下、または、作業時間が2時間以下かつ反復回数が1時間あたり60回超~360回以下
(3)高負荷の表:作業時間が2時間超かつ反復回数が30回超~360回以下
 本法では、8時間を超える作業には適用できない。また、1時間あたり360回(1分あたり6回)を超える頻度の持ち上げには対応しない。

2)水平距離の区分
 両足の内くるぶしの中点から荷物までの水平距離を実測して以下の3区分のいずれかに割り当てる。
(1)近(30 cm未満)
(2)中(30~60 cm)
(3)遠(60 cm超~80 cm)
 本法では、80 cmを超える水平距離には対応しない。

3)高さ(垂直位置)の区分
 床面から荷物までの垂直距離を実測して以下の4区分のいずれかに割り当てる。
(1)低:床から下腿中央高さの範囲:下腿中央は、足関節と膝関節の中点である。
(2)中の下:下腿中央からナックル高の範囲:ナックル高は、直立姿勢で腕を横にまっすぐ垂らした場合の手の握りの高さ(握り軸高)である。
(3)中の上:ナックル高から肩高-8 cmの高さの範囲
(4)高:肩高-8 cmから肩高+30cmの高さまたはリーチ高の範囲

4)持ち上げの始点と終点の選択
 本法では基本的に、荷物持ち上げの始点でのTLVを採用する。ただし、終点付近での保持や位置決めなどが必要な場合(NLEでいうところのSignificant Controlがある場合)[2]は、始点と終点の両方のTLVのうち小さいほうを最終のTLVとして採用する。

 下図は、本法のためのソフトAETでの設定例である。低負荷の表(作業時間2時間以下かつ反復回数12回/分以下)の条件で、始点での荷物の水平距離が中、高さが中の上としたときのTLVが16 kgであることを示している。図中の区分けされたエリアの右上隅にある数字が、そのエリアのTLVの値である。薄暗いエリアおよび色のついていないエリアは、反復作業での安全な持ち上げ閾値がないあるいはリーチの関係で作業すべきでないエリアを示す。図中、手位置の赤い四角が始点、青い四角が終点を示す。終点のほうがTLVは7 kgと始点の16 kgより低いが、この例では終点での位置決めはないとしているので、始点の16 kgをTLVとして採用している。

【3】評価

 実作業での取り扱い物質量がTLVより低くかつ他のリスク要因がないなら、腰痛リスクは低いので改善は不要、高ければ腰痛リスクがあるので要改善と判定される。
 リスクありと判定された場合は、まず荷物の始点や終点をよりTLVが高いエリアの位置に変更できないか検討する。水平距離は、近づいて作業できるように足元などに障害物があれば除去する、荷物のコンテナサイズが大きすぎるなら適切なサイズにするなどの改善を行う。高さについては、作業台や補助台等を用いて作業面を高くする、高い位置に荷物を持ち上げなくて済むように設備レイアウトを工夫する。
 位置決めが必要な作業で終点のほうがTLVが低いなら、位置決めをしなくてよいように改善できないか検討する。
 作業時間や反復頻度についても、時間を短縮したり反復回数を低減できる方法がないが検討する。

【4】注意事項

1)ACGIHにおけるTLVとは、ほとんどすべての作業者が毎日繰り返し暴露しても、有害な健康影響が現れないと考えられる閾値である。他の人間工学評価ツールでも、同様な閾値を示すのに「限界値」や「許容値」など様々な用語が用いられているが、厳密には定義が同じではない点に注意すること。また、ACGIHのTLVは、それ相応のトレーニングを受けた人の利用を想定している。実際の利用に際しては、TLVと本法の元文献[1][2]の内容を理解のうえで利用すること。
2)本法は、30度以上の体のひねりがある姿勢、片手作業、荷物が持ちにくい作業などには適用できない。基本的にNLEの制限と似ているが、正確には文献[1]および[3]を参照のこと。これらの要因がある場合は、TLVを満たしても筋骨格系障害の発症リスクがある。体のひねりがある非対称作業や荷物の持ちやすさの要因を考慮するならNLE、片手作業や男女別の評価をしたい場合はISO 11228-1の持ち上げを利用するのがよい。
3)本法はNLEをベースにしているが、NLEでLI≦1とすると過剰に安全サイドによりすぎており、本法ではLI=1.8あたりを目指している。2時間以下の場合の手元のTLVは32 kgとかなり高いが、これでも十分と判断している(本法がNLEのLI=1.8まで認めているとすると、NLEの負荷定数LCが23 kgなので最適な作業条件では23×1.8=41 kgまで認められることになる)。ただし日本国内では、成人の場合に男性は体重の40%、女性は男性の60%の質量の荷物を限界値としている(腰痛予防対策指針より)ので、そちらを優先すること。

【7】文献

[1] ACGIH. “Lifting”. 2023 TLVs and BEIs. ACGIH, 2023, p.193-196.
[2] ACGIH. Lifting: TLV(R) Physical Agents 8th Edition Documentation. 8DOC-734-PA, 2005.
[3] Waters, T. R.; Putz-Anderson, V.; et al. Revised NIOSH lifting equation for design and evaluation of manual lifting tasks. Ergonomics. 1993, 36(7), p. 749-776, doi: 10.1080/00140139308967940.