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HSE ART (Assessment of repetitive tasks of the upper limbs, 上肢反復作業アセスメント) の概要

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(注意)
 本資料は、HSEのARTについての文献[1] をもとに翻訳した内容を含む。
Copyright licenseの表記は以下の通りである:
 This material contains public sector information published by the Health and Safety Executive and licensed under the Open Government License(この資料には、Health and Safety Executiveによって公開され、Open Goveあrnment Licenseの下でライセンスされている公共部門の情報が含まれています)
 HSEのサイト[3]では、HSEによる詳細な図入りの解説資料、動画マニュアル、オンラインソフトなどが公表されているので、最初はそちらを参考にすること(本サイトの図は、本サイト管理者作成の図です)。
 その他、本資料では、表示の都合や日本の実態に合わせるため、表現を短めにしたり例示を置き換えたりした部分もある。使用に際しては、必ず原本の資料[1]をよく読んでおくこと。
 手法の概要や入力項目についての説明は文献[3]に記載されているが、一部は文献[4]により詳しく説明されているので、そちらも参照すること。

【1】はじめに

 HSEのARTツール(Assessment of repetitive tasks of the upper limbs, 上肢反復作業アセスメント)は、英国のHSE(Health and Safety Executive, 安全衛生庁)が開発した手作業による筋骨格系障害予防のためのアセスメントツール の1つである。上肢の反復動作を行う作業を対象とする。
 本法は、人間工学や産業保健の専門家ではない企業の雇用主や安全管理者の利用を想定している。
 本法は、上肢の動作や力発揮および全身の姿勢など上肢反復作業に直接関わる要因だけでなく、休憩や環境要因も含めた広い要因のチェックと評価に対応している
 本法は、おおむね1日あたり少なくとも1~2時間同じ作業を繰り返すものを評価する。
 本法は、コンピュータなどの情報端末の作業評価には適用できない。

【2】使用方法

1.まず、評価対象場面を選定する。
・職場巡視で負担が高いと予想された場面
・作業者から負担が高いとの訴えがあった場面 など

2.各項目について、3~4段階で判定してスコアを決める。
 各項目とも、緑・黄・赤及び紫の3~4段階に区分して判定する。各色の意味は以下の通り:

(注1)本資料では、リスクの色を、緑(低リスク)・黄(中程度のリスク)・赤(高リスク)・紫(許容不可能なリスク)で示している。原法では、黄はAmbar(琥珀色,略記A)が使用されている。本資料では、日本国内の通常の信号機の色区分にあわせて単純に「黄」(Yellow)と表記した。
(注2)原法では、ARTでは「紫」は使用されておらず、「赤」のなかに高リスクと許容不可の両方が含まれている。本資料では、MAC [2]などと表示を合わせるため、ARTの「許容不可」のところを「紫」に表示している。

3.各項目ごとにリスクの色に応じたスコア(点数)が付く。
 ・一部の項目は、左右で同じスコアを使用する。

4.各項目のスコアの合計点(タスクスコアTS)を求め、それに時間乗数DMを掛けて曝露スコアESを求め、曝露スコアESで判定を行う。

5.リスクの判定色と曝露スコアESやスコア点数に応じて改善を行う。
 曝露スコアESの判定結果でリスクありと判定されたら、改善を行う。改善の要点は以下の通り:
・各項目の判定色のうち、緑以外の項目がある場合はそれを優先的に改善する。
・評価点の合計点を可能な限り減らすように改善する。
・特にスコアの高い項目を優先的に改善する。
・項目のうち、先に記載されている項目を優先的に改善する。

【3】入力項目

 入力項目は以下のとおりである。

A: 動作の頻度と反復 (Frequency and repetition of movements)

A1. 腕の動き
 腕の動きが断続的か静止を伴うか連続的かを区分する。

(補足)本項目は、ACGIHのHAL (hand activity level)と同様な項目である。つまり、次のA2の反復回数やBの作業強度の程度は考慮せずに、腕の動きがどの程度かのみから判定する。リスク低ではHAL=2以下、リスク中ではHAL=4前後、リスク高ではHLA=6以上に該当すると思われる。

A2. 反復 (腕と手の似た動作の繰り返し)
 1分間あたりの反復回数である。
 本法では10 回/分以下が緑、10-20 回/分が黄色、20 回/分より多いと赤となる。

(補足)ここでの反復回数は、上肢反復作業での反復回数の数え方に従う。つまり、取り扱う荷物や部品の数で数えるのではなく、対象物が何であれ、「手でつつまんで離す」といった「似た動作」ののべ出現回数を数える。1個の部品の取り付けに複数回の反復動作(基本動作)が含まれるのが普通であろう。

B: 力 (Force)

B. 手での力発揮
 力発揮の程度と時間割合から区分している。
 力発揮の程度は、Borg CR10スケール[BS]に対応させると、「軽」は2以下、「中」は3-4、「強」は5-6、「非常に強」は7以上である(HSEのARTのFAQより)。
 ほぼ最大発揮に近い「非常に強」のところは、「許容不可」として紫で判定している(前述の通り、原法の図では赤だが、本資料ではMACやRAPPに合わせて紫にしている)。

C: 不自然な姿勢 (Awkward postures)

C1. 頭や頸の姿勢
 頸の屈曲やひねりの程度で区分する。

(補足)角度の指定はないが、一般にはC2同様、15~20度以上の屈曲やひねりがある場合に「あり」と判定する(それ以下だと目視で判定しにくい)のが妥当だろう。リスク判定は、作業時間中の割合に応じて行う。

C2. 体幹の姿勢
 前屈・側屈・ひねりの程度と時間割合から区分する。

(補足)20度未満の前屈やひねりは、目視で正確に判別できないことが多いので、それ以上の角度をリスク評価の対象にしている。ただしリスク判定は、作業時間中の割合に応じて行う。

C3. 腕の肢位
 腕が体から離れている程度と時間割合から区分する。

(補足)腕が体から離れるほど、作業による肩や腰まわりのモーメントが高くなって負担が高くなる。角度の指定はないが、一般には15~30度以上の屈曲や外転がある場合に「体から離れている」と判定する(RULAだと45度までの肩関節屈曲はほぼ低リスクになる)。ただしリスク判定は、作業時間中の割合に応じて行う。

C4. 手首の肢位
 手首の曲がり(掌屈・背屈や橈屈・尺屈)の程度と時間割合から区分する。

(補足)手首が曲がるほど、手で発揮できる力は下がって負担が高くなる。角度の指定はないが、一般にはC2同様、15~20度以上の掌屈や橈屈などがある場合に「あり」と判定する(それ以下だと目視で判定しにくい)。

C5. 手や指での握り
 手全体でつかむ握り方(握力把持)が緑で、指先でつまむような持ち方(指先ピンチ・指腹ピンチ・指把持)などは黄や赤に区分される。

(補足)パワーグリップ時が高い力で把持できて負担が軽く、一部の指だけでの作業になると発揮力が下がって負担が高くなる。また、指腹ピンチでは指を広く開くほど発揮できる力は下がるので負担になる。

D: 追加要因 (Additional factors)

D1. 休憩せずに働く時間
 連続作業時間である。

(補足)数時間に1回は休憩を入れるようにとの項目である。昼食や昼休憩も作業の中断とみなすので、連続作業時間が3時間以上に区分される場合は、昼休憩以外の午前午後の休憩が十分に確保されていないことになる。

D2. 作業ペース
 ついていけるペースなのか、速すぎてしばしば遅れてしまうようなペースなのか区分する。

(補足)この項目については、作業の様子の観察だけでなく、作業者自身の主観的な評価も参考にする。

D3. 他の要因
 その他の多彩な要因が例として挙げられている。なければ緑、2個以上あれば赤の区部になる。

【他の要因の例】
(1) 手袋が握りに影響して取り扱いを難しくしている
(2) ハンマーやピック等の道具で1分間に2回以上叩く
(3) 手をハンマーのように使って1時間に10回以上叩く
(4) 道具・部品・作業台が皮膚に押し付けられる
(5) 道具や部品が手や指に不快で痙攣おこす
(6) 手や腕に振動がかかる
(7) 手や指の精密な動作を必要とするタスクである
(8) 作業者が寒冷・冷風に曝露したり冷たい工具を握る
(9) 照明が不適切

D4. 作業時間
 作業時間に応じて合計スコア(タスクスコア)への乗数(時間乗数DM)の値を決める。
 この値は、両手で同じ値を使用する。

D5. 心理社会要因(評価には未使用)
 様々な社会要因が例示されている。これは有無のチェックはするが、判定やスコアはなく、評価には影響しない。

【例】
(1) 仕事の進め方の裁量欠如
(2) 休息飛ばしや早上がりのインセンティブ
(3) 単調な仕事
(4) 高レベルの注意と集中
(5) 頻繁な厳しい期限
(6) 上司や同僚の支援欠如
(7) 過度な仕事の要求
(8) 仕事を完遂するトレーニング欠如 など

【4】入力項目のまとめと評価方法

 各項目の判定色に〇をして、そのスコアを右欄に転記する。
 本法では、全項目のスコアの単純和を「タスクスコアTs」、それに作業時間に応じた乗数DMをかけた値を「曝露スコアEs」と呼んでいる。左右は別々に計算し、左右のない項目は両方に加算してタスクスコア・曝露スコアを求める。
 曝露スコアEsは、以下のように判定する:
0~11:曝露レベルは低。個別の状況で判断する。
12~21:曝露レベルは中。さらなる調査が必要。
22以上:曝露レベルは高。直ちにさらなる調査が必要。

1)文献[1]~[3]にあるように、いずれの手法も原文では最後にまとめ用のスコアシートがある。必ず事前に確認のこと。

2)本法については、異なる作業はそれぞれ別々に評価し、スコアの比較や赤の項目の比較などを行う。これにより、複数のタスクをローテーションで回すことの妥当性の検討にも利用できるとある。

【5】まとめ

 上肢反復作業では、動作の反復、力発揮、頻度、不自然姿勢が主なリスク要因である。
 反復や力発揮は作業の特性上、変更できない場合も多いが、適切な補助具や工具の活用あるいは自動化の可否は常に検討しておくこと。
 また、手や腕の肢位が不適切にならぬよう、作業位置や作業方向を改善したり、設備や道具のレイアウトの工夫も欠かさないこと。
 作業位置などが不適切だと、上肢での調整域は限られているため、全身の姿勢を変化させてカバーする場合が多い。結果的に全身の不自然姿勢が発生する。上肢での作業部位だけでなく、作業全体の改善を常に心がけること。

文献

[1] Health and Safety Executive, Assessment of repetitive tasks of the upper limbs (the ART tool) Guidance for employers, INDG438, 2010.03:ART toolのHSEのオフィシャルな解説書
[2] Health and Safety Executive, Manual handling assessment chars (the MAC tool), INDG383 (rev3), 2018.11:MAC toolのHSEのオフィシャルな解説書
[3] Health and Safety Executive, Manual handling at work, https://www.hse.gov.uk/msd/manual-handling/index.htm (2023/08/17閲覧)
[4] Health and Safety Executive, Manual handling -Manual Handling Operations Regulations 1992, Guidance on Regulations, L23 (Fourth edition), 2016:3手法を含む荷物取り扱い全般の規則1992(L23)の解説資料。