SIcalc: Strain Indexによる上肢動作評価
【1】概要
ストレイン・インデックス(Strain Index, 以下、SI)は、Mooreらが作成した手での繰り返し動作による上腕部の筋骨格系障害リスクを評価する手法である[1][2]。本ソフトSIcalcは、その利用を支援するためのものである。
SIでは、上肢作業を観察し、「労作強度」、「労作率」、「タスク頻度」、「手首肢位」、「作業速度」、「作業時間」の6つの作業要因に着目する。各要因は、その程度に応じて5段階に区分して乗数(multiplier。それぞれIM, RM, FM, PM, SM, DM)に変換する。この6つの乗数の積がSIスコアである。SIスコアは、作業に健康リスクがない場合は小さい値、リスクが高いと大きな値になる。
SIスコア=IM×RM×FM×PM×SM×DM
SIが評価対象とする身体部位は、上肢のうちの手・手首・前腕・肘(いわゆる遠位上肢)に限定されている。SIスコアは、左右上肢それぞれ求めることができるが、左右合わせた総合評価は行えない。
SIは、1日1時間以下の短時間作業から8時間を超える長時間の作業にも適用できる。ただし適用できるのは、おおむね6つの作業要因が同じとみなせる単純な繰り返し作業のみである。
ストレイン・インデックスは、以下のような名称・略称で呼ばれることもある。
Strain Index, SI, Moore Strain Index, Moore-Garg Strain Index, Job Strain Index, JSI
本法を紙あるいはエクセルのワークシートで使用したい場合は、文献[4]のサイトを参照のこと。
【2】使用法
1.作業場面の決め方と各条件の入力
まず作業のうち、上肢を繰り返し使用するタスクを選択する。そのタスクについて、以下の6つの作業要因について5段階の区分を決める。本ソフトでは、各要因の区分を決めると自動的に乗数を選んでSIスコアを計算する。
入力前に、評価に使用する手(右手のみか、左手のみか、あるいは両手か)をチェックボックスで指定しておく。
次に、ラジオボタンで「条件を入力する手」の欄の右手か左手のどちらに入力をするかを指定してから、各要因の入力を行う。
各要因の区分を選ぶと、乗数の欄にその負荷の強さを示す数値が表示される。SIスコアは6つの乗数の積なので、高い乗数の要因があると、SIスコアは高くなって健康リスクがあがることになる。
(注意)6つの作業要因の区分は、それぞれに独立に自由に指定できる。ただし6つの要因の乗数の積であるSIスコアが7以上になる要因の組み合わせはすべて有害と判定される。本ソフトでは乗数の欄は、乗数が3以上だと黄色、5より大だと薄赤、7以上だと赤で表示される。したがって、黄色か赤の乗数の欄が3個以上になると、そのタスクは常に有害になると思っておくとよい。
1)労作強度(I, IM)
ある動作を繰り返す作業では、その動作の1サイクルの中に力を発揮して作業する労作(ろうさ, exertion)部分とそうでない部分がある。この労作部分の強さを示すのが、この「労作強度」である。本法では、力発揮の全くない状態から最大発揮する労作の範囲を、以下の5段階で判定する。BSは、各段階に対応するボルグスケール(Borg CR10)の値、IMは乗数の値である。
日常の生活や繰り返しの多い作業の「作業強度」は、おおむね「軽」か「やや強」(BSでは3以下)である。スポーツとしてはBSが5以上で「強」より上の区分になるのは普通であるが、仕事として毎日安全に繰り返し行えるのはおおむね「強」以下のレベルである。
「非常に強」や「ほぼ最大」になるとIM=9か13なので、「労作率R」が10%未満でRM=0.5あるいは「作業時間D」を1時間未満でDM=0.25あるいは2時間未満でDM=0.5としないと、SIスコアを5未満にできない。
(1)軽 (BS=0-2), IM=1
(2)やや強 (BS=3), IM=3
(3)強 (BS=4-5), IM=6
(4)非常に強 (BS=6-7), IM=9
(5)ほぼ最大 (BS=8-10), IM=13
2)労作率(R, RM)
本法における「労作率[%]」は、1サイクルの作業のうちの労作時間の割合のことである。あるいは複数回のサイクルを観察して、合計の作業時間に対する合計の労作時間の割合として求めてもよい。
労作率=労作時間合計÷全作業時間合計×100 [%]
たとえば、1サイクルが20秒間のタスクのうち5秒間が労作時間なら、労作率=5/20×100=25%になり、以下の区分では「10-29%」の区分になる。
一般に、「労作強度I」が高いと「労作率R」を下げないと作業は実施できない。逆に、「労作強度I」が低いと「労作率R」が高くても実施できるようになる。
(1)10%未満, RM=0.5
(2)10%以上、29%以下, RM=1.0
(3)30%以上、49%以下, RM=1.5
(4)50%以上、79%以下, RM=2.0
(5)80%以上, RM=3.0
(注)ACGIHのHALでは、これと同じ数値をデューティサイクルduty cycleと呼んでいる。
3)労作頻度(F, FM)
労作頻度は、労作を含む1サイクルのタスクを1分間あたり何回繰り返すかである。それを以下の区分で判定する。
一般に「労作強度I」が「強」以上のタスクだと、「労作頻度F」10[回/分]以上行うのは困難である(この場合だと、IM×FMが6×1.5=9なので、「労作率R」が10%未満でRM=0.5あるいは「作業時間D」が2時間未満でDM=0.5のいずれかがないとSIスコアが5以下にならない)。
(1)4[回/分]未満, FM=0.5
(2)4[回/分]以上、8[回/分]以下, FM=1.0
(3)9[回/分]以上、14[回/分]以下, FM=1.5
(4)15[回/分]以上、19[回/分]以下, FM=2.0
(5)20[回/分]以上, FM=3.0
4)手首肢位(P, PM)
手首が曲がっているかどうか(手関節の橈屈・尺屈・掌屈・背屈)を、以下の区分で判定する。中間位とは、関節の曲がりがない肢位のことである。最大に曲げた状態がいわゆる関節可動域に到達した状態で、それに近いと「非常に不良」の区分になる。
「非常に良」と「良」の乗数PMはいずれも1で同じなので、この2つの区分けはあまり気にしなくてもよい。
一般に手首が屈曲すると、手で発揮できる最大の発揮力が低下してしまうので、同じ力発揮でも「労作強度I」は高めになる。
(1)非常に良 (完全に中間位), PM=1.0
(2)良 (ほぼ中間位), PM=1.0
(3)普通 (中間位ではない), PM=1.5
(4)不良 (明らかに屈曲), PM=2.0
(5)非常に不良 (ほぼ最大に屈曲), PM=3.0
(注)文献[1]には区分ごとに屈曲・伸展・橈屈の角度のレンジが示されている。
5)作業速度(S, SM)
作業の速さを、以下の区分で判定する。
「非常にゆっくり」から「普通」の区分の乗数SMはいずれも1なので、この3区分の区分けはあまり気にしなくてよい(SIスコアには影響しない)。
(1)非常にゆっくり (完全に楽なペース), SM=1.0
(2)ゆっくり (自分のペースでできるレベル), SM=1.0
(3)普通 (普通の動作ペース), SM=1.0
(4)速い (速いがついていけるペース), SM=1.5
(5)非常に速い (速くてついていけないペース), SM=2.0
(注)文献[1]には区分ごとにMTM-1との比較によるレンジが示されている。
6)作業時間(D, DM)
この作業を1日で何時間行うかを、以下の区分で判定する。「労作強度I」や「労作率R」で説明した通り、高い「労作強度I」の作業や「労作率R」が高くてきつい作業は、「作業時間D」を短くしないと実施できない。
(1)1時間未満, DM=0.25
(2)1時間以上、2時間未満, DM=0.5
(3)2時間以上、4時間未満, DM=0.75
(4)4時間以上、8時間未満, DM=1.0
(5)8時間以上, DM=1.5
(注)区分(1)はMooreらの初出論文[1]では「1時間以下」になっている。ここは区分(2)との重複を避け、また文献[3]の共著者であるBernard氏がホームページ[4]で公開している最新版のワークシートも参考のうえで「1時間未満」とした。
2.SIスコアの評価
SIスコアは、小さい値ほど安全で、高い値ほど負担で有害になることを示す。評価は、文献[3]の区分をもとに、以下の4段階で行う。
1)3以下:安全なレベル。
2)3より大、5以下:状況によるレベル(安全とも不安全とも判定できないレベル)
3)5より高く7より小さい:リスクがあるレベル
4)7以上:有害なレベル
(注意)乗数の欄は3以上で黄色になるが、SIスコアの欄は3より大で黄色になる。5より大で薄赤、7以上で赤になるのは乗数もSIスコアも同じである。
画面左下のグラフでは、横軸に指定した要因について5段階に変えた場合のSIスコアを、左右それぞれで求めて示している(他の要因は指定値のままとする)。上記の4段階のレンジに応じて、緑・黄色・薄赤・赤に背景の色が変えてある。SIスコアが11以上の場合は、グラフは図のエリア外の11の値で描き、値は図の右欄外に正確に表示するようにしている。
SIスコアが5より高い場合は、確実に健康リスクがあるので改善を進める必要がある。その場合、乗数が高い作業要因から優先的に改善をするのが理想的である。
・作業要因のうち、「労作強度I」が最も乗数の幅が広い(1-13)。特に「強い」(BSで5以上)と乗数が6以上になるので、他の要因が普通であってもSIスコアが5以上になって要改善となりやすい。
・「労作強度I」、「労作率R」、「労作頻度F」、「作業時間D」の4要因は、いずれも区分があがるほど高い乗数になる。しかし「手首肢位P」と「作業速度S」については、低い区分から2つあるいは3つは乗数が1と一定になっている。つまり「作業速度」でいえば、「普通」よりも遅い速度にしても、それだけではリスクは下がらないことがわかる。
【3】注意
1.本法でいうところの「ストレイン」は、仕事により体に力学的な負荷(ストレス)がかかって疲労したり筋肉痛などの健康障害(筋骨格系障害)を生じたりする状態(ストレス状態)にあることを表す。つまりストレイン・インデックスは、作業による体のストレス状態を数値化する方法といえる。ここでのストレスには、「メンタルストレス」などでいうところの精神的なストレスは含まれていない。
2.SIスコアは、ほぼ同一の上肢での繰り返しによるリスク評価のための評価値である。作業要因が多彩な条件の組み合わせになる作業には、本当は対応できない。複数タスクへの拡張の試みについては、文献[5]や[6]を参照のこと。
3.本法では、体格差や男女差は考慮されていないように見えるが、それは「労作強度」に実質的に反映される。つまり、同じ力発揮の作業でも、筋力の低い人や女性では相対的に「労作強度」が高い区分になるためである。
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【4】作者および問い合わせ先
ものづくりのための人間工学, 人間工学評価ツール開発メンバー
URL https://ergo4mfg.com
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【5】文献
[1] Moore, J.S. and Garg, A., The strain index: a proposed method to analyze jobs for risk of distal upper extremity disorders, American Journal of Industrial Hygiene Association, 56, pp.443-458, 1995
[2] Moore, J.S. and Vos, G.A., The strain Index, in “The Handbook of Human Factors and Ergonomics Methods”, edited by Stanton, N., et al., CRC press LCC, pp.9-1-9-5, 2005.
[3] Moore-Garg Strain Index, in “Kodak’s Ergonomic Design for People at Work”, 2nd, edited by Changalur, S.N., Rogers, S.H. Bernard, T.E., John Wiley & Sons, Inc., pp.179-181, 2004.
[4] Tormas E. Bernard, Ergonomics, https://health.usf.edu/publichealth/tbernard/ergotools, 2022.2.22閲覧
[5] Phillip Drinkaus, Donald S. Bloswick, Richard Sesek, Job level risk assessment using task level Strain Index scores: A pilot study, International Journal of Occupational Safety and Ergonomics, 11(2), pp.141-152, 2005
[6] Stephen Bao, Peregrin Spielholz, Ninica Howard, Barbara Silverstein, Application of the Strain Index in multiple task jobs, Applied Ergonomics, 40, pp.56-68, 2009