BlessPro2: 姿勢評価のための2次元生体力学解析 【1】概要  本アプリBlessPro2は、作業姿勢の身体負担を2次元の生体力学モデルにより評価するためのものである。  本アプリには以下の機能が含まれる。 1)各関節にかかるトルク(モーメント)から、体のどこに無理がかかるかを検討できる。 2)腰部椎間板圧縮力(第5腰椎と第1仙椎の間の椎間板にかかる力)から、腰痛の危険性を検討できる。 3)重量物の保持や押し引きの操作力による負担の影響を姿勢との関係をみながら検討できる。 4)重心位置や最大静止摩擦係数から、転倒やスリップの危険性を評価できる。  本アプリでのトルクは、一般的な2次元の剛体リンクモデルの静的なトルク計算による。腰部椎間板圧縮力の計算は、文献[1]に基づいている。  本アプリBlessPro2 for Web2は、従来のPC版(Windows版)のソフトBlessPro/Pro2をWeb上で作動するように移植したものである[2]。両者は以下のような相違点がある。 1)PC版はWindowsでのみ作動していたが、Web版はブラウザを使えばWindows/Mac/Androidのいずれでも利用できる。対応しているブラウザはCrome/Microsoft Edgeで、FireFoxとSafariではレイアウトが多少崩れたりファイル操作で一部制限される部分はあるが、おおむね同じように動く。 2)PC版にあった体格推定の機能など一部は省略されている。重心補正のアルゴリズムも一部変更している。 3)PC版とのファイル互換性はない。Web版からPC版のデータファイルは読めない。ファイルの文字コードもPC版はShift-JIS、Web版はUTF-8で異なっている。 4)本アプリにはデータを自動保存する機能はない。そのため、データを「保存」せずに放置していると、Webの表示が自動更新されてデータが消える場合がある。注意すること。 5)PC版では、デフォルトでドキュメントフォルダに仮の保存ファイルが作られ、レコードを「保存」するたびに逐次仮ファイルに上書き保存されていた。しかしWeb版では上書き保存が制限されているため、仮保存ファイルは作られない。レコードを「記録」(従来のレコードの「保存」に該当)しただけでは、データはメモリ内にあるだけでファイル保存はされない。ファイル保存をするには、メインメニューの「保存」を必ず行う必要がある。「保存」せずに終了すると、データは消える。詳細は「【6】データの記録とファイル保存」を参照のこと。 6)PC版にあった姿勢デジタイズ機能は、キャプチャ機能で代替えされている。「キャプチャ」の使用法については、他のアプリと共通の説明資料を参考のこと。 【2】入力項目 1.性別・年齢・身長・体重 ・それぞれ対象者あるいは対象集団に応じて入力する。  (注)PC版では[体格推定]と[身長とリンク]の機能があったが、本アプリでは省いた。 2.接地位置:両足・座位・片足のいずれかを指定する。座位にすると、常に大腿のどこかが座面で保持されていると想定し、膝関節と足関節にトルクはかからないとする。片足とした場合、片足のみで立っていると想定して、股関節・膝関節・足関節のトルクを評価する。この場合、もう片方の足は同じ下肢の関節角で床に触れずに空中で保持されているとしている。 3.使用する腕:両腕・片腕のいずれかを指定する。両腕の場合、手荷物の荷重や力は、両手に均等にかかると仮定する。片腕の場合は、片腕のみが手荷物の荷重や力を受けるとする。もう片方の腕は同じ関節角で空中に保持していて肘関節や肩関節のトルクはなしとみなされる(ただし、使用しない片腕の自重は体幹にはかかるとしている)。 4.身体の各関節角:入力画面中央左の図を参照のこと。 1)体幹前傾角:鉛直方向に対して股関節と肩関節を結ぶ直線がなす角である。直立姿勢では0度、前傾がプラス、後傾はマイナスとする。 2)頸屈曲角:頸の体幹に対する屈曲角で、前屈がプラス、後屈がマイナス。 3)肘屈曲角:肩関節-肘関節-手関節のなす角度。腕をまっすぐ伸展したときが180度。 4)肩屈曲角:肩関節の屈曲角で、股関節-肩関節-肘関節のなす角度。直立姿勢で真下に下垂したときが0度、前に水平に保持したときが80度、真上に上げたときが180度で、下垂から後ろに伸展したときはマイナスの角度になる。 5)股関節角:肩関節-股関節-膝関節のなす角度。直立位で180度。 6)膝関節角:股関節-膝関節-足関節のなす角度。直立位で180度。 7)足関節角:膝関節-足関節-水平前方向のなす角度。直立位で90度。なお、45度以下(背屈45度以上)になると踵が浮き、135度以上(底屈45度以上)になると足先が浮く。 5.床の摩擦係数:0-1の範囲で指定する。普通の地面は0.5~0.7程度。 6.手荷物の質量や力と方向:質量や力はkgあるいはkgfの単位で指定する。方向は鉛直下方向が0度、前方向がプラス、後ろ方向がマイナスである。たとえば、手で荷物を保持するときは0度、ドアや台車を水平に後ろに引くときは+90度、前に押すときは-90度とする。 7.体に働く外力:荷物保持や手にかかる力以外の力を加えたい場合に指定する。最大5個まで指定できる。個々の外力について、作用部位・作用点・力の大きさ・方向を指定する。例えば背中に5kgの荷物を背負う場合だと、作用部位を上部体幹にして作用点を背負う荷物の重心位置(たとえば頸から下に20cm、後ろに10cmなら、長軸方向を-20cm、前後方向を-10cmとする)、力の大きさを5kg、方向を0度にする。作用点は作用部位の角度に応じて自動的に変更される(作用点は作用部位のローカル座標に固定されている)が、力の方向は作用部位の角度が変わっても一定のまま変化しない(ワールド座標になっている)。 8.受動トルク ・[受動トルク使用]にチェックを入れると、各関節の屈曲・伸展した場合に生じる受動トルクが計算に加味される。多くの場合、受動トルクは最大可動域付近になると大きくなる。たとえば前傾姿勢をとると膝関節には時計回りにトルクが生じるが、膝関節がほぼまっすぐ伸びている(膝関節角180度付近)と、受動トルクでキャンセルされてトルク比は小さくなる。腰部や股関節については、深く曲げた場合に反時計回りの受動トルクが生じ、自重による時計回りのトルクがキャンセルされてトルク比は小さめになる(さらに深く曲げるとトルク比はゼロになる)。股関節や腰部に関しては、曲げすぎると逆に受動トルクが大きくなりすぎて再度トルク比が高くなる。 ・受動トルクは、最大可動域付近になると過剰に大きくなりすぎることがある。それを防ぐため、関節トルクと受動トルクが逆方向に作用する場合は、最大関節トルク推定値の[上限(%)]を越えない範囲に制限できる。ただし膝関節と足関節は、関節トルクをちょうど打ち消すトルクまでに常に制限している。 ・受動トルクが自重によるトルクをキャンセルしている場合、見かけはトルク比が小さくなるので筋力は不要になる。しかし、関節には身体を支えるトルクと受動トルクが両方の成分による力が作用するので、完全に楽になるわけではない。関節を痛めている人や高齢者は、受動トルクがかかる最大可動域付近を避けなければならないので、受動トルクによるトルク比低減は必ずしも良いこととは言えない。 【3】姿勢の自動生成 ・結果画面上の「姿勢自動生成」で[オフ]が選択されている場合、画面中央上の人の絵(スティックピクチャ)の手をドラッグすると、手位置に応じて肩関節角と肘関節角が変化する。肩関節の付近をドラッグすると、体幹前傾角が変化する。股関節付近をドラッグすると、膝関節と足関節角が変化する。 ・「姿勢自動生成」が[前屈]の場合は、手位置をドラッグすると手位置に応じた前傾姿勢が自動生成される。 ・「姿勢自動生成」が[中腰]の場合は、手位置をドラッグすると手位置に応じた中腰姿勢が自動生成される。 ・[重心]をクリックすると、ZMPの床投影点(足の下の小さな△)の位置が足関節から足長の1/2の範囲に収まるように姿勢を調整する。 ・[直立]を押すと、関節角が直立姿勢になるようにリセットされる。 【4】基本的な使用法  関節トルクや腰部椎間板圧縮力などの評価値は、作業条件に関する姿勢や荷重等の値をセットすると自動的に再計算され、その姿勢での評価値がグラフ表示される。  作業条件の改善による効果を検討したい場合は、各設定値を、その横にある小さな上下の矢印ボタンをマウスでクリックして変更し、評価値の増減を確認する。姿勢の自動生成も併用するとよい。 【5】評価方法  関節トルク比などの評価値のグラフは、負担が軽くて安全だと緑、負担がややあると黄、負担が高いと赤で表示するようにしている。 1.関節トルク ・本アプリでは、荷物や自重により各関節にかかるトルクを計算し、それを最大トルク(各関節が発揮できる最大のトルクの文献推定値)と比較することで評価する。評価法はトルク比、受容率、保持可能時間の3種類がある。 ・トルク比は、最大トルクに対するトルクの%値である。本アプリでは、15%以下あるいは25%以下なら負担は軽い(緑)、25~50%ならやや負担あり(黄色)、50%以上は不可が高い(赤)と判定・表示している。 ・受容率は、そのトルク比を何パーセントの人が耐えられるかを示した値で、最大トルクが正規分布すると仮定して、文献上の平均値と標準偏差から下側累積確率を求めて受容率として表示している。トルク比が50%以下だとほぼ受容率は100%近く、トルク比が100%だと受容率は50%になる。通常、受容率は95%より高いことが望ましい。 ・保持可能時間は、そのトルク比で何分間その姿勢が保持できるかを推定した値である。本アプリでは、最大でも17分程度に制限している。 2.腰部椎間板圧縮力  腰部椎間板圧縮力は3400N(約350kgf)という限界値がよく利用され、これを超える高い値になると椎間板が壊れて腰痛を発症するリスクが高くなるとされている[1]。性別・年齢・体重を考慮したい場合は、Genaidyの限界値の推定式を利用する[8]。  いずれの限界値の場合も、グラフのバーの色が限界値を超えない場合は緑、超えると赤になって改善が必要なことを示す。 3.姿勢の不安定性  姿勢の安定性は、重心位置、ゼロモーメントポイントZMP、必要最大静止摩擦係数RCOFで検討する。  重心位置は、体と取り扱い物の重心より計算された値で、これが足の下にないと転倒する。操作力の方向も加味したのがZMPで、これは人型の絵の足の下の小さな△で示されている。これが足の下にないと転倒する。  RCOFは、水平の押し引き力がある場合に利用する。一般に床と靴との間の最大静止摩擦係数は、濡れて滑りやすい場合で0.2程度、乾いていて非常に滑りにくい粗造な床の場合で0.9程度、普通の移動に差し支えない程度の床で0.5~0.7程度とされている。RCOFが0.9を超えている場合は、足止めを特に工夫しない限り滑ると判定する。RCOFが0.2以下の場合は滑ることなく作業できると判断する。 【6】データの記録とファイル保存  各レコードのデータの記録やファイルへの保存等は、画面上のメインメニューにあるボタンで行う。基本的な操作は、各レコードのデータを入力して「記録」し、あとでまとめてファイルに「保存」(ダウンロード保存)するという手順になる。 ・レコードの作業条件のデータを入力したら、メインメニューの「レコード」の[記録]でメモリ内に保存する。「記録」せずに別レコードに移動すると、警告なく表示していたデータは消えるので注意すること。「記録」したレコードのデータは、[削除]で削除できる。記録できるレコード数に制限はない。 ・「記録」されたレコードデータの一覧は、結果画面の下に「レコード一覧」として表示される。 ・「記録」したレコードデータは、メインメニューの「ファイル」の「保存」で1つのファイルにまとめてダウンロード保存される。「保存」を忘れてアプリを終了させたりリロードを行うと、記録したレコードデータは消えてしまうので注意すること。 ・保存されるファイルの名前は、先頭3文字が「BP2」、そのあとに年月日時分秒の文字列が続き、拡張子がtxtのファイルに固定されている。保存先は、使用しているブラウザで指定されたダウンロードフォルダに固定されている。  (注1)本アプリで保存したデータを扱う場合、ファイル名の先頭3文字は半角大文字のBP2から変更しないこと。拡張子もtxtから変更しないこと。レコードデータのファイルの年月日時分秒の部分は変更してもよい(同時にキャプチャした画像がある場合、画像fileのファイル名は変更してはならない)。  (注2)ブラウザは上書き保存ができない。そのため、同じデータで「保存」を繰り返すと、そのたびに年月日時分秒の部分が更新された別名のファイルがダウンロードされる。 ・ダウンロードフォルダに入ったファイルは、適宜、別フォルダに移動させて使用すること。 ・保存したファイルは、「開く」で呼び出せる。ここで複数のデータファイルを指定すると、、それぞれのファイルのレコードデータが結合されて読み込まれる。 ・キャプチャで記録した画像ファイル(拡張子はpng)がある場合、それを同時に指定するとキャプチャ画面やレコード一覧で画像ファイルが参照される。 ・「新規」にすると、メモリ内に保持されているデータを消して、新たなデータを入力できるようになる。  (注)表示等も含めて完全にクリアしたい場合は、ブラウザでリロードする。 ・保存データは、CSV形式(UTF-8)で保存されているテキストファイルなので、そのままエクセル等で利用することが可能である。ただしコードがUTF-8なので、漢字のあるファイルだと、直接csvファイルとして読むと文字化けするので注意すること(エディタ等を介してコード変換するか、読み込み時にUTF-8指定すること)。 【7】注意 1.本アプリは、動きがなくかつ体のひねりのない場合の評価アプリである。反復の回数や保持時間の影響は考慮されていない。腰部椎間板圧縮力についても、健康に問題がある人や高齢の人への適用はできない。 2.関節トルクは、欧米人労働者による推定式(文献[1]のP.151, Table 6.2)を、いくつかの文献([5], [6], [7]など)を参考に日本人向けに補正したものを用いている。年齢・体格補正については、文献[6]のデータを参考にしている。いずれも細部については当てはまらない可能性は残っている。 3.本アプリの体格パラメータ(セグメント長など)は、(社)人間生活工学研究センターが所有する日本人の人体計測データベースより作者が求めた値を使用している[3]。その他の部分については、文献[1]などで一般に利用されている学術資料を参考にしている。 4.本アプリの利用は自由であるが、無断での複製・改変・転載は不可である。 5.本アプリは、使用者自身の責任において使用すること。作者は、本アプリを使用したことによって生じたいかなる損害に対しても、それを補償する義務を負わない。 6.本アプリは、現在も改良を進めている。予告なく仕様が変わる場合があることをご了承ください。 【8】作者  ものづくりのための人間工学, 人間工学評価ツール開発メンバー   URL https://ergo4mfg.com   上記URLの問い合わせページよりお願いします。 【9】文献 [1] Chaffin DB, et al., 0ccupational Biomechanics, 4th edition, Wiley InterScience, 2006 [2] 瀬尾ほか, 腰部負担軽減のための作業改善支援ソフト,労働科学, 74, 9, pp.337-345, 1998. [3] 瀬尾ほか, 日本人の体格推定式とそれによる筋骨格系負担の推定, 産業衛生学雑誌, 41 巻Special号, C313, 1999 [4] Seo A., et al., Estimation of trunk muscle parameters for a biomechanical model by age, height and weight, Journal of Occupational Health 45, pp.197-201, 2003. [5] 文部省体育局, 平成8年度 体力・運動能力調査報告書, 平成9年10月。背筋力が体力測定として測定された最後の年。 [6]人間生活工学研究センター, 平成10年度即効的知的基盤整備委託調査研究「人間の動作等に係る動的特性の計測評価」(関節特性計測)調査報告書, 平成12年3月 [7] 製品評価技術基盤機構, NITE 人間特性データブック(関節発揮トルク). 2009. [8] Genaidy AM, et al., Spinal compression tolerance limits for the design of manual material handling operations in the workplace, Ergonomics, 36, 4, pp.415-434, 1993.